今週のお題「寿司」
土曜日の夜。中学生の僕は神様にお願いをしていた。
「明日雨が降りますように。降りますように。降りますように。」
次の日の日曜日。テニスの県大会が予定されていた。
その2週間ほど前、僕と友人は、市のダブルスの大会で偶然に偶然が重なり、それなりの成績を収めてしまった。
そのため、まさかの県大会に進めることになってしまったのだ。
県大会に進める。
それは喜ばしいこと。
が、僕とペアの友人は悲しんでいた。
なぜか。
県大会の日は、定期テスト直前の日曜日なのだ。
高校受験を控えた僕らにとって、この定期テストは落とせない、絶対に負けられない試合なのだ。
直前の日曜日は、定期テストのためにすべての時間を使いたい!
貴重な貴重な日曜日なのだ。
なのに、県大会って、、、、
日曜日の朝、6時くらいに起きた僕は急いで外を見た。
雨が降っている!!!
神様、ありがとうございます。ありがとうございます。
これで大会は中止なはずだ。テスト勉強できるぞ!
安心感で、僕は再度眠りについた。
7時ぐらいになって、電話が鳴った。顧問の先生からだった。
眠りを邪魔しないでほしい。
「残念だけど、今日は雨だから中止だな。来週に延期だな。」
顧問の先生は本当に残念そうだった。
僕は、その感情に答える形で、
「楽しみにしていたので残念です。でも、来週頑張ります!」
と告げて眠りについた。
9時ぐらいになって、再度電話が鳴った。顧問の先生からだった。
眠りを邪魔しないでほしい。
「晴れてきたから、もしかしたら試合があるかもしれない。とりあえず急いで会場に行こう。」
え?
え???
えええええええ????
確かに、眠い目で外を見るといつの間にか雨は止んでいた。っていうかしっかり晴れていた。
とはいえ、朝まで雨が降っていたんだから土のコートはぬかるんでいるはず。大会は中止なはず。
そう思ったものの、顧問の先生は実に怖い人だった。顧問の先生の言うことは絶対。
「すぐに向かいます!」
僕は、急いで準備をして集合場所の駅に向かった。
駅にはペアを組んでいる友人が先にいた。
「今日は中止だよね。」
「正直帰りたいよね。」
「テスト前とか考慮してほしいよね。」
友人と僕は、ずっと愚痴を言っていた。
顧問の先生が来るまで。
「もしかしたら大会やってるもしれない。急ごう。」
顧問の先生は到着するなりそう言って改札に向かった。
顧問の先生は1人焦っていた。
早く帰りたく帰りたくてしょうがない僕と友人。
一刻も早く会場に行きたい先生。
真逆の感情をお互いに抱きながら僕らは会場に向かった。
電車の中で僕と友人は願っていた。
「大会、中止になっていてくれ。もしくは、試合始まっててくれ。棄権扱いにしてくれ。」
いざ大会会場。
なんと、、、、、
10面ぐらいあるコート全てで試合が行われていた。
いやあああ。
コート乾くの早すぎー。
大会が始まってるー。
次の願いは、
「試合に遅刻で棄権扱い」
である。
もうこれしかない。神様お願い!
顧問の先生と大会受付へ。
顧問の先生が係員に状況確認。
「試合時間過ぎていて棄権になってますね。」
係員、いいこと言ったあああ!
帰るぞー!とっとと帰るぞー!
僕と友人は目を合わせた。
お互いに表情は変えなかったが、お互いに目の奥で歓喜の雄叫びを上げていた。
いえええええええい!
「俺のせいで申し訳ない。」
顧問の先生は本当に申し訳なさそうに僕らに謝ってきた。
「しょうがないです。朝まで雨降ってましたし。次頑張ります!」
歓喜の雄叫びを隠しながら、「僕らは少し残念そうに、でも前向きな感じも出しつつ」な模範的な回答をしたのだった。
今から帰ったら14時くらいかな。
まだまだ勉強の時間は取れる。いける。定期テスト戦える。まずは社会のプリント復習して、、、なんて考えながら帰りの駅に向かっていると、ずっと黙っていた顧問の先生が急に口を開いた。
「一緒にご飯食べて帰ろう。ごちそうするよ。」
はいいいいいい????
テスト前だって言うの。
時間無いの。
帰りたいの。
先生、お分かりでしょうか?
僕と友人は気持ちは全力で、ただ失礼はないように断った。
「そんな悪いですよ。帰って食べますよ。」
が、顧問の先生は譲らなかった。
自分の部員が、自分の判断のせいで県大会に出場できなかった。
きっと、そのことに強く責任を感じていたのであろう。
僕と友人からすれば、「誤った中止の判断」は
先生グッジョブ!
なのに。。。
結局僕らは、先生に言われるがまま電車に乗り、家に着く前の途中の駅で下車した。
どこ行くの?そこらへんのファミレスとかファーストフード店でいいんじゃないの?ぱぱっと食べて、帰りたいいいいいい!
顧問の先生に付いていくと寿司屋に着いた。
え、寿司食べるの?
先生無理しなくていいのに。
コンビニのおにぎりとかでいいんです。早く家に帰して。
店に入ると、大将と20歳ぐらいのお兄さんがいた。
先生は大将に挨拶すると、20歳ぐらいのお兄さんに話しかけた。
「久しぶり。元気にやっているか。」
その後の先生とお兄さんの会話の感じから、
どうやら、
・お兄さんは先生の元教え子
・お兄さん昔少し悪かった?
・先生がけっこう面倒を見てあげてた
・今は真面目に寿司屋でいい感じ
みたいな感じだった。
まあ、それはよくあるいい話なのかもしれないけれど、定期テストを直前に控えた真面目な中学生2人にとっては、どうでもいい美談である。
僕らは元々不良ではない真面目な真面目な生徒なのである。テスト勉強したいって思うぐらい優等生なのである。触るものは全て大事に扱う超いい子ちゃんなのである。先生と教え子の共感し難い昔話を聞いている場合ではない。
早く注文して、とっとと食べて帰りたい。
いいからメニュー見せてー。
と思っていたら、
僕らの目の前に下駄みたいな厚い板が置かれた。
あれ!?注文は?
って思っているうちに、大将が下駄の上にお寿司を1つ(1貫?)置いた。
ああ、これドラマで見たやつ。
石田純一がそんな感じで食べてたやつ。
僕の中でお寿司といえば
出前でとるもの
で
鉢に8貫ぐらい入ってるやつ
で
いくらが入っていると嬉しい
ぐらいなもんで、思えば寿司屋のカウンターで食べたことなんてないし、そもそも寿司屋で食べたこともほぼなかった。
下駄に置かれる寿司。
早く帰りたい生徒二人は味わうことなくパクっと食べる。
先生は大将と談笑しながらゆっくり食べる。
流れ作業のように
寿司置かれる→パク→寿司置かれる→パク、、、
どのくらいこの単純作業を続けたのだろう。
もう時間も気にしないくらいあきらめムードになってきた頃、
「お腹いっぱいになったか?」
と先生が聞いてきた。
このチャンス、逃すまじ!
「はい!お腹いっぱいです。とても美味しかったです。」
僕らは
中学生らしい感じの良さはキープしつつもこの食事会をなんとか終焉の方に近づけようと努力した。
僕らの誠意ある返事が届いたのか、先生が単にお腹がいっぱいになったのか食事会は望み通りお開きとなった。
やっと帰れるううううう。うう。
結局、家に着いたときはしっかり夕方だった。
さよなら日曜日
さよなら志望校
許すまじ
顧問の先生
寿司屋のお兄さん(先生の教え子)
寿司屋の大将
(八つ当たり)
その日はなんかイライラしながら集中力を大幅に欠いた状態でテスト勉強に取り組んだのだった。
そんな中学生の寿司の思い出。
ただ大人になった今、それはとても貴重な体験だったとも思う。
県大会(出れなかったけど)
カウンターでお任せの寿司
テストより大事なことだったかもしれない。
きっと、あのときのお寿司も本当はとても美味しかったに違い無い。
ただただ早く帰りたく、口にひたすら放り込んでいたお寿司。
何を食べたのか、どんな味だったのか、全然覚えていない。
唯一覚えているのは、
穴子でかっ!!
っていう記憶だけ。
もったいない。実にもったいない。
先生、もう一度おごってくれたら今度はちゃんと味わいます。心から感謝します。よろしくお願いいたします。
おしまい。